西美濃サイクルツーリズム 岐阜県池田町・揖斐川町 #1

かぼちゃの曲率トップ>旅行記>このページ

 伊吹山を正面にして走る東海道線の最前面に、輪行袋を固定して立っている。山頂にたなびく雲は旅情にあふれ、にぎやかな中山道も今は長閑な田園を突っ切っているのを見ると、近畿地方をついに飛び出していくのだと思えて胸が熱い。2021年3月の鳥取の旅を最後に、西にも東にも近畿から出られていなかった。

 この旅行記は2023年9月に、初めて自分の自転車を持ち込んで泊まりのある旅をしたときの記録である。1泊2日の旅のうち、2日目についてはすでに記事にしている。1日目は、岐阜県揖斐川町の養老鉄道揖斐駅を出発して、池田町に南下、その後は濃尾平野の縁をなぞるように本巣市まで自転車で走った。自転車の旅は徒歩の旅と比べて速く、広い範囲をゆく。徒歩のときのようにゆっくり、各スポットに焦点を当ててじっくりと味わう旅とは少し違う。むしろ、無数の景観がとりとめもなく後方に流れ消えゆくことに胸を傷めながら、たまに止まってはその地を垣間見るような旅になる。ここでは、そういった自転車旅の性質に気を配りつつ、テンポよく西美濃の旅を書き下したい。

 関ケ原を越えると濃尾平野が広がり、ほどなくして大垣に着く。養老鉄道大垣駅のホームには、深紅一色に塗装された桑名行きと、路線イメージカラーの緑のラインを配したステンレス車の揖斐行きが待機していた。今回の列車では、進行方向の後側車両に自転車を載せることができる。養老鉄道の大垣より北は、真っ平らな濃尾平野に完結する路線であり、景色に大きな変化はない。だが、池野駅あたりからは平野の西端に少し近づいて、平地の果てにどっかりと横たわる池田山がますます存在感を増してくる。この電車を降りたら、あの濃尾平野の縁に向かって走ってゆくのだ。

 終点の揖斐駅から自転車に乗り、静かな線路沿いを、小石が落ちている路面に注意しながらゆったり走る。米原の方では晴れていたのに、伊吹山地を挟んだこちらでは曇っていて、大垣駅で自転車を担いで結構な距離を歩いたこともあって、少し蒸し暑い。食欲もそれほど出ないので、軽い食事が欲しかった。揖斐線の終点ひとつ手前、池田町の美濃本郷駅まで戻ると、駅の前に大きめの喫茶店があった。入店すると、いかにも地元の常連客という人が何人か、食事をしながら新聞など読んでいた。

 私はサイクルジャージを着ていたので、店のおばちゃんには自転車ですかと聞かれた。どこから来たのかと聞かれたので京都府からと答えると驚きつつも 「まあ、京都!? 私も行きたいわあ!」 と言って、そのあと奥の席でスポーツ新聞を読んでいた常連のおじいさんに 「あの若い人京都から来たんやってえ」 と教えていた。しかし悪い気はしない。入店する前はこうした常連客の多い感じの喫茶店に入りにくさを覚えていたので、むしろ店に迎え入れられたように思えて安心した。

 金属のトレイに載せられたカツサンドのセットは見た目もどことなくレトロだが、とても美味しかった。特に、食パンが厚めでとても食べ応えがある。食後は先ほどのおばちゃんが池田町の観光案内をしてくれて、町のパンフレットまでもらってしまった。

 常連客のためのアットホームな空間を築きながらも、それはクローズドなもので終始することはない。開かれていて、外部からの客をも自然に空気の中に溶かしてしまう。濃尾平野には、名古屋、岐阜、一宮など喫茶店の文化が色濃く発展した都市がたくさんあるが、それは西美濃の小さい町も同じであった。濃尾平野の深遠な喫茶店文化の一端に触れた気がした。

 
次のページ