ガイドブックのある旅 和歌山県田辺市

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 幼少期を一定の地域に根差して過ごした人であれば、誰でも自分にとっての「都」のような街があるのではないだろうか。東京や大阪、名古屋など巨大都市に限らず、何か用事があれば行くことになるちょっとした都会である。新幹線や特急列車が止まり、大きな役所や学校、病院があり、雑居ビルなんかもある。いわば、地域の中核となるような都市である。

 和歌山県で生まれた私にとって、そのひとつは田辺市であった。紀伊水道に面する田辺湾の奥にある田辺市は、和歌山県の南部(紀南地方)の中心都市であり、世界遺産・熊野古道の玄関口として多くの外国人観光客も訪れる。熊野古道は、ここで内陸に向かう中辺路と海沿いを通る大辺路に別れて、それぞれのルートで聖地熊野三山に向かう。 かつて私は、通院のため1か月から2か月に一回、ふるさとの漁村から母親(ときどき父親)に連れられて田辺に来ていた。列車が紀伊田辺駅に近づくと見えてくる、道路沿いの見知らぬお店やぎゅっと密集した雑居ビルに、なんとなく「都」を感じて心が高鳴ったのである。

 昨年、田辺をテーマにした紀行文が出版されることを知ってとても気になった。田辺は近くの南紀白浜ほど派手な観光地ではないし、通院に付き添っていた両親はそこを鄙びた都市だと認識していたようである(自分は知らない街を歩くのが楽しかったが)。それゆえに、田辺が一冊の本として纏められ、出版されたことに率直に言えば意外性を感じた。

 だが、その本を手に取り、通院の際に立ち寄ったお店や母親が買っていたお土産を、ページのなかの写真に再発見した。そして同時に、自分自身がいかに田辺を知らなかったのか実感することになった。いま田辺を旅すれば、それは単なる懐古を超えて、新しい田辺を見つけることができる旅となるだろう。

 そしてこの本をリュックに忍ばせた。「田辺のたのしみ」(ミルブックス)[1]は、文筆家・甲斐みのり氏が第二の故郷のように敬愛し何度も訪れる田辺の地を紹介する本である。南方熊楠顕彰館や闘鶏神社という田辺市街の名所に留まらず、街中の食事処、和菓子屋、パン屋など、この地にある多くの「たのしみ」を、旅情ある写真と文章で紹介している。普段の旅行ではガイドブックをほとんど持たないが、今回はガイドブックのある旅をする。

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