富士山を見に行く 静岡県富士市・富士宮市 #6

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 この日は富士市に宿を取っていたので、富士駅まで戻ってきた。富士市は静岡・浜松に次いで静岡県内で第3位の人口を誇るだけあって、その駅前は賑やかな繁華街の通りが走っている。現金を引き出すために郵便局に向かったが、その行き帰りでは旧東海道や、身延線の旧線に敷かれた道路を歩くことができた。陽が落ちて街灯が灯り、曲線的な道が目の前に浮かび上がる。無心で道なりに歩いていけば、古い旅の様子が偲ばれる。

 東海道本線を挟んで富士駅の南東側にある宿を目指す途中、一軒の食事処に立ち寄った。ここではさくらえびのかき揚げとしらすのかき揚げの定食を食べた。駿河地方の名物料理としてよく知られているものであるが、思いがけずも食べる機会に恵まれた。

 料理も大変に美味であったのだが、店主が淹れてくれる煎茶の味が心に残った。茶の旨味と甘みに、たくさん歩いた疲れが癒される。あまりに美味しいので、3杯目をいただくときに店主に向かって、ああやっぱり静岡のお茶は美味しいですねと賛美を漏らしてしまった。そこで旅行者であることが店主にも知れて、今日の旅程の話が盛り上がりはじめた。

 私は東日本にあまり来たことがなかったために、今日見た富士山は格別のものであったことを店主に話して、明日は天気が悪そうで残念だと言った。しかし店主は、この辺りなら多少天気予報が悪くても、外れることも多いと話す。富士山についても、5月になって梅雨が近づくと雲がかかる日が多くなって、見えなくなるからちょうどいいときに来たんだよと教えてくれた。その静岡弁のアクセントは頼もしげである。

 閉店時間が近く他のお客がいなかったこともあり、いろいろと和やかに話をしていただいた。気候や特産品が私の地元・和歌山に少し似ていることや、明日からの旅の予定について話をした。店主は私の両親と同じくらいの世代に思われる。私は2泊3日の予定だと言ったつもりであったが、店主にはあてのない放浪の旅をする大学生に見えたのだろうか。宿はこの近くにあるのか、歩いていけるのかと聞かれ、終いには「まさか親御さんに何も言わずに出てきたんじゃないら?」と冗談交じりにも心配されてしまった。私は痛み入りつつ笑ってその誤解を解いた。そして店主は私の旅を改めて応援してくれた。

 気候が土地の人々の人柄に反映されるとは、私は本気で信じていない。それでもこの店主に限っては、その言葉から溢れるホスピタリティに冬でも温暖な駿河の風土を見たかもしれない。翌朝宿で目を覚ますと、すっきりと晴れわたり、部屋の窓からは富士山が見えるほどであった。実際には午後に少しだけ雨に打たれることになるのだが、店主の言葉に偽りはなかったことに感動を覚え、ますます前途は晴れるようにも思えて、さらに東に駿河路を行くのであった。

(終)

参考文献