富士山を見に行く 静岡県富士市・富士宮市 #5

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 富士宮市街まで降りてくると、もはや富士山は厚い雲の向こうに消えてしまっていた。しかし富士を巡る旅はまだ終わらない。

 浅間大社のバス停から歩いてすぐに現れる、富士山をひっくり返したような逆円錐形の現代建築は静岡県の富士山世界遺産センターである。建物の前には広く水が張られ、傾き始めた日が写る。入場を済ませばこの逆円錐形の内部をぐるぐる取り巻くように通路が通され、麓から山頂まで劇的に変化する富士の風景の映像を眺めつつ、富士山への疑似登山を楽しめるようになっている。

 この世界遺産センターの特徴は、そうした建築や疑似体験だけに留まらず、そのなかで富士山の自然・文化・信仰を深く知ることができるという点にある。高度を上げるごとに開示される多様な生物相や気象現象、芸術や文学の源泉であり続ける山、聖地として多くの人々が崇める霊山としての富士。富士山はあらゆる意味においてシンボルであった。それらのひとつひとつの側面について、疑似登山道の道中には詳細な展示がされており、その情報量は標本やタッチパネルによる展示も合わせれば膨大なものである。

 この旅行のテーマに即して、富士山の地球科学的な側面を展示したコーナーに向かった。現在までで最も新しい噴火である宝永噴火(1707)では、噴火の進行に伴って噴出物の成分が変化していったという。そして、火山弾の大きさによってその飛散できる距離も異なってくる。ここでは、噴火開始からの経過時間、そして火口からの距離のそれぞれについて富士山周辺で採集された噴出物が並べられている。なかでも、噴火の最終段階で放出された紡錘状火山弾の大きさには目を惹かれる。火口から噴出された粘性の高いマグマが回転しながら飛び散り、その間に冷え固まった結果このような尖ったラグビーボールの形になったのだと、ガイドのお姉さんが説明してくれた。宙に放たれた流体の運動というのは非常に刹那的なタイムスケールのものであろう。しかしその一瞬の姿が切り取られたかのように保存され、300年の風雨にも耐えてこのセンターに運び込まれることとなった。富士山のダイナミックな履歴を知ることのできる展示だと思う。

 その傍らには、富士山の周辺に住む人々が、時には災禍をももたらすこの山といかに付き合ってきたかが示されている。須走では、宝永噴火の際火山灰が大量に田畑に降り積もり、耕作ができなくなった。村人たちは、土を掘り返し、堆積の層を天地ひっくり返してこの困難を乗り越えたという。

 ゆっくり見て回りたかったが、閉館時間を迎えた。富士山本宮浅間大社へと歩いていく道中では、住宅のすぐ脇を神田川が流れている。流れるのは浅間大社の湧玉池に湧き出す水で、その源流とはわずか200m程度しか離れていない。それだけあって市街地の川にしては極めて清浄であり、流れは豊富かつ豪勢である。

 その脇に気になる石碑を発見した。「富士宮市 近江八幡市 市民成婚記念樹」というものである。なんでも、富士宮市と滋賀県近江八幡市は1968年に都市同士で「結婚」し、夫婦都市としての提携を結んだのだという。これは、巨人が近江国に大きな穴を掘って琵琶湖を作り、その土を駿河甲斐の国境に置いたことで富士山を成したという、古くからの言い伝えに由来する。この言い伝えがどの時代に生じたのかはわからないが、京から逢坂の関を超えれば突如現れる巨大な閉じた湖であるところの琵琶湖と、他の山に連なるわけでなくとも異様な高さを誇り、不尽の煙を吐き続けていた独立峰であるところの富士山、この二者は古代の人々にとって日本の地理に関する2大ミステリーであったはずだ。そして、富士山から遠く離れた琵琶湖に山の高さの起源を求めたことからして、昔の人々は富士山のすぐそばにある駿河湾がいかに深い海であるかということも知らなかったのであろう。

 あと2日続く旅の安全を浅間大社に祈り、湧玉池などを見て回った。本町通りの商店街には、各店の軒先に手作りのさるぼぼなどが飾られ、活気を感じた。かつては大宮と呼ばれ、巡礼のステーションとして賑わってきた街である。2月の和歌山県田辺市の旅で取り上げた「田辺のたのしみ」の著者が富士宮市出身であったことを思い出したが、その人が田辺市に惹かれて本を書くまでになったことは偶然ではないだろうと思った。聖地巡礼のステーションという街の機能だけでなく、なんとなく街並みや街のつくりも似ている気がする。

 富士宮駅のテラス部から厚い雲の向こうにある富士山の姿を改めて想像した。予報では次の日は前線の通過により天気が崩れるということだったから、ひょっとすると白糸で眺めたものが富士山を眺める最後の機会になるかもしれない。しかし仮にそうなったとしても十分すぎるほどのものであった。富士市に戻る身延線では、そういった満足を胸にして少し眠ってしまった。

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