狛猫の神社 天女の棲む空 京都府京丹後市 #1

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 時折通る自動車のタイヤが雨水を撥ねる音を除いては、機織りの音だけが早朝の街路に響き渡っていた。小雨降るなか宿を出て、峰山の街を散歩する。

 宮津市・与謝野町を訪れた夜はここ京丹後市峰山町に宿泊した。峰山町は丹後半島の内陸にある盆地に栄えた都市で、ここもまた丹後ちりめんの成立にとり重要な場所だ。峰山の絹屋佐平治は加悦の手米屋小右衛門らと並び、丹後ちりめんの開祖として厚く顕彰されている。

 金刀比羅神社に来た。この時期社叢の木々はそれぞれに色を付けて装い、特に紅葉が曇り空の中にも照り映えている。ここは金刀比羅神社だけではなく様々な神社が合祀されており、本殿に向かっての石段に沿って合祀社の祠が並ぶ。そのひとつひとつに拝礼しながら石段を登っていく。その神社群に属するうちのひとつが、この場所を有名にしており、かつ地域の生活に根差した信仰を最もユニークな形で表している。

 木島神社には全国でも珍しい2体の「狛猫」が鎮座し、石段を上がってきた参拝客を出迎えている。この狛猫は江戸時代末期に置かれた由緒あるものだ。絹織物業で多くの人が生計を立てていた峰山では、蚕や繭を食害するネズミの天敵として猫が篤く信仰されていた。京都太秦から蚕の神様である木嶋神社を勧請したとき、狛犬の代わりに狛猫を置いたのだという。普通の狛犬のように1体は口を開けて、もう1体はお澄まし顔をしている。口を開けた方は子猫を抱いて、外敵を威嚇しているようだ。野性味溢れる猫の表情を捉えている。

 近年では峰山に養蚕農家はないと考えられるが、木島神社の狛猫自体がよく知られるようになって、毎年9月に行われる「こまねこまつり」などの町おこしにもつながっている。神社の石段や社殿の足もとには猫の埴輪のようなものが並んでいて、それらのユーモラスな表情にはひとつとして同じものはない。社務所の軒先にはまるっこい猫の人形がお行儀よく列をなして並んでいる。地元の住民やこまねこまつりの参加者が絵の具を塗ったものだろうか。小雨は冷たいし朝早いので人もいないが、とにかく温かい気持ちになれる神社だった。

 金刀比羅神社の本殿で峰山を見守り続けてきた神に挨拶をして、旅の安全とこの地の平穏をお祈りした。

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